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屈折領域・裏鏡


一次・二次創作を扱っています。現在ネギま!×Fate「夢破れし英雄」連載中。

TOP > スポンサー広告 > 夢破れし英雄  第64話TOP > 夢破れし英雄 > 夢破れし英雄  第64話

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夢破れし英雄  第64話


「一回戦(8) 遥か遠き星鍛」


 手からすり抜けた巨石が、床を突き破り轟音を鳴らす。
 ひょっとしたら軽いんじゃないか、などと考えていた観客も考えを改めると共に異常事態に気がついた。
 この局面で、武器を手放すなんておかしい。
 どうやらこれはただの睨み合いではないようだ、と。

 だが、いくら不自然である事に気づいたとしても、何が起きているのかまでは判断できない。
 実況も解説も、疑問符を浮かべるだけだ。
 理解できるとしたら、同じ土俵に立つ魔法使い以外有り得なかった。

「こりゃあ幻想空間で戦ってやがるな。エヴァンジェリンと仮契約でもしてれば観に行けたんだが」
「そうなの?」
「パクティオーカードで念話できるだろ? あれで作られる精神経路は普通の念話より強固で大きいんだ。
 だからカードさえあれば物理的接触がなくても道ができるって寸法さ」
「なるほど。でも、観てみたいな、マスターと士郎さんの試合」

 色々と武勇伝こそ聞いてはいるが、実際に士郎が戦っている所を、未だにネギは見た事がなかった。
 いや、どこからか攻撃しているらしいというのは分かっても、それはあくまで結果であり、どうやって攻撃しているのか、その現場を目撃した事がないというだけ。
 ああ、あの雨の夜、ヘルマンを殺した一刀だけは覚えていたが。
 あの出来事は、あまりネギにとって思い返したい過去ではない。

「あの、私のカードではダメでしょうか?」
「刹那さんの?」
「そうか! そういえば旦那と仮契約してたな」
「え? そうなの?」
「あれ、知りませんでしたか?」

 基本的に、刹那と士郎の仮契約について知っているのは当人とカモだけだった。
 当時士郎が極力隠蔽しようとしたし、本来的には修学旅行における一時的な戦力アップがあったからこそ士郎が認めたわけで、麻帆良に帰って来た場合破棄するつもりだったからだ。
 キスというあまり公にするには風評が気になる手段で成された契約であった事と、士郎自身が自分に関する情報を広めたくなかったという理由からの選択だ。
 ネギが知らないのも当然ではある。

「まぁまぁいいじゃねーか兄貴。これで二人の戦いを観に行けるぜ?」
「でも、大丈夫かな? 僕自身はあの二人と繋がりないよ?」
「姐さんのカードを経由すればいいだろ。って、あれ、こりゃ姐さん……」

 カモが刹那のカードを受け取り、ネギに渡そうして止まる。
 さも、重大な何かを見つけてしまったかのように。

「このカード、死んでるぜ」
「えっ?」

 言われて見れば、確かにそのカードはどこか存在感が薄かった。
 よく見れば、魔法陣が消えているかもしれない。
 元々士郎との仮契約カードと、ネギとの仮契約カードは絵柄が違ったせいで気がつかなかった。
 或いは、今まで刹那が無意識に避けてきた事も一因なのかもしれない。

「ど、どういう事ですか?」
「カードの機能が死んでるって事は……いつの間にか、旦那と姐さんの契約が切れてるって事だ。
 偶然じゃそうそうこんな事は起こらないから、旦那の方で何かしたんだろうな」

 記憶を失った士郎が、保険の為に己にかけられている魔術を初期化した。
 宝具・破戒すべき全ての符によって。
 もしも、士郎がその存在に気づいていて、契約を残す意思があったのならば宝具の効力の対象外としていたかもしれない。
 けれど士郎は、その契約の存在さえ認識していなかった。
 選択として、“己が身に関わる全て”を破戒している。当然の結果だ。

「では……これは、もう、ただの紙切れなのですね」

 呟いた声の、あまりの冷たさに刹那は驚く。
 それが本当に自分の声だったのか、刹那には確信が持てなかったほどだ。

 この二ヶ月程の間、悩み続けていた。
 打ち明ける勇気が湧かない自分に絶望し、迷い、けれども動けなかった。
 だと言うのに、その悩みの全ては無意味。塵ほどの価値もない、ただの勘違い。
 勝手に悩んで、勝手に落ち込んで、勝手に決意して。
 その想いの全ては空回り、傍から見れば滑稽以外の何ものでもないだろう。

 絆が失せた、ような気がした。
 今まで一方的に感じてきた親愛敬愛。刹那はそれさえ否定された気分になる。
 今まで重く感じていたカードが、今ではこんなにも軽い。
 吹けば飛んでいってしまいそうな程に。

 いいや。事実、そのカードは刹那の手から滑り落ちた。
 風の悪戯か、或いは運命の悪戯なのか。
 ふわふわと宙を漂ったカードは、近くで聞き耳を立てていた高音の足元に落ちる。

「仮契約、ですか」

 カードを拾い上げた高音は、そのカードで唇を隠しながら無感情に呟いた。
 落とし主である刹那は無気力で、特に反応を示さない。
 返してくれ、というだけの気力さえ失ってしまったのか。最早、こんな紙切れなど必要ないというのか。

「色々言いたい事はありますが、私ならば夢見による介入は可能です」
「マジか!? もしかしてアンタも旦那と仮契約を……?」
「そんな事をする必要はありません。侵入経路がないのなら作ればいい。それだけの事です」

 高音が使用する操影術は、大別すれば夜の魔法と呼ばれる。
 各属性の精霊の力を借りて行使する魔法と違い、夜の魔法は適正のない者には扱えない。
 選ばれし者の魔法などと言えば聞こえはいいが、代わりに彼らは他の精霊たちに嫌われる。
 低位呪文ぐらいならば力技で行使できる術者も存在するが、基本的に精霊との契約を必要とする上位呪文は扱えないのだ。

 だから、高音は愛衣を羨ましいと思っていた。
 あれこそ正に万能。才能のあるなしはともかくとして、“苦手がない”という意味であらゆる可能性を秘めているのが愛衣だ。
 対して、高音は一極集中。一つの専門分野があり、それが操影術、夜の魔法。
 夢見の魔法は元々夜の魔法の一つだ。
 影ほど属性に準じるわけではないから分類としては基本魔法ではあるが、突き詰めて精神侵入・精神破壊・洗脳まで行けば夜の魔法の分野となる。
 尤も、高音はこれら精神系の魔法を不要と後回しにしていたせいで大した事が出来るわけではない。
 が、それでも専門分野の一つではある。
 並の魔法使いよりは練度が高い。

 精神侵入の真似事ぐらいならば、死んだカードなんて情報の詰まった媒介があれば可能だった。
 ただ、それこそが士郎が嫌い、カードの使用を修学旅行のみに限定しようとした理由でもある。

「愛衣も付いて来ますか?」
「……止めておきます。興味はありますけど、自信なくなっちゃいそうなので」

 それは半分本音ではあったけれど、半分は嘘だった。
 興味があるのは本当で、けれど自信がなくなるとは思っていなかった。
 何故なら、なくなるような自信なんて、元より彼女にはないのだから。

 では何故断ったのかと言えば理由は簡単。
 愛衣は、士郎にそこまで深入りするつもりがないだけ。
 好ましい人物ではあると思っているし、尊敬すべき相手だとも思っている。
 でも、それだけ。惚れているわけでもなく、仮にそうだとしてもそれは勘違いだろう。
 だから、愛衣は士郎との距離を保つ。今まで通りに、師として慕う一人の少女のポジションで。

 まぁ、単純にそんな覗き見が、士郎の望むものではないと分かっていたというのもある。
 一歩踏み込む事を望むなら、それもまた通過儀礼だとは思っていたが。
 だから、その行為を愛衣は黙認する。
 茨の道ではあるのだろうけれど、敬愛するお姉さまなら挫けず歩んでくれると信じているから。 

「そうですか。まぁ、無理強いはしません。
 ――では、そこの神鳴流剣士。貴女はどうなのですか?」
「私、は……」

 さらりと、俯く刹那の前髪が揺れた。
 ぐっと握りしめた拳が、わなわなと震える。

 本来なら、迷う必要などない。行くと言えばいいのだ。数十秒前まで、刹那自身がそう考えていたのだから。
 ならば何故迷っているのか。
 それは、刹那が資格を己に問うているからだ。

 果たして自分は、ソコまで踏み込んでいいのだろうか、と。
 衛宮士郎にとって、何者でもない自分が。
 刹那が、仮初であったとしてもパートナーの繋がりを持っていたのならば迷わなかった。
 或いは、弟子戦友恋人何でもいいが、言葉で表せる関係性を持っていたのなら。

 けれど現実には、刹那と士郎の関係は「知人」という枠に収まる。
 少なくとも刹那は、修学旅行時ならばいざ知らず、記憶を失い以前までの関係に“戻った”事でそう認識していた。
 ただの知人が、これ以上彼に関わってもいいものか。
 ただの知人からの一方的な想いなんて、迷惑なだけではないか。

「何を迷っているのか知りませんが、少しでも見たいと思うのなら見ておくべきです。
 彼らの戦いは、おそらく私たちの想像も及ばないものであるはず。
 ならば彼に教えを乞うた者として、見逃すわけにはいきません」

 それは、高音の自己防衛理論ではあった。
 高音が自分自身を納得させる、ただの言葉だ。刹那に通用するものではない。
 ただ。

 ただ、刹那が悩んでいるのは、迷っているのは。
 結局の所、見たいからに他ならない。
 士郎の迷惑にはなるかもしれない。そんな事は望まれないかもしれない。嫌われるかもしれない。
 ただの知人という立ち位置さえ、もしかしたら失ってしまうのかもしれない。

 それでも、その戦いを見てみたいと。
 剣士としての刹那が叫んでいる。女として、或いはその想いは恋慕のようなものだったのだろうけれど。
 迷って、悩んだ末に、高音の言葉は響いた。

 どうせ絆も失ってしまったのだから。
 せめて、彼と剣を合わせた、剣士としての自分だけは残しておかなくては。
 本当に、何も報われないから。

「行きます。私は彼の弟子ではありませんでしたが、共に修行をしました。まだまだ、彼から技を盗まなければ」
「よろしい! では行きましょうか。――勿論。私は彼の一番弟子として、ですが」

 唐突で、突然の宣告は、まるで刹那の逡巡を理解しているかのようだった。
 偶然かもしれないし、刹那なんて全く関係のない所で張った虚勢なのかもしれない。
 けれど、少なくとも刹那には、その姿がライバルに宣戦布告でもしているように見えて。
 思わずイライラと、睨みつけてしまう。
 だが、高音は我が意を得たりとばかりに不敵に笑うだけ。

 互いに。一生打ち解けはしないだろうな、と確信した瞬間だった。

「あ、あの、僕も付いて行っていいですか?」
「ええ。向上意欲があるのは良い事です」

 ネギは少しばかり苦笑い。
 別に、ネギは向上意欲から二人の戦いを見たいわけではない。
 興味本位もさることながら、その一番の興味は士郎について。
 あの夜感じた士郎の恐ろしさ、その根源を確認したいという、ある種の怖いもの見たさだ。
 後は、弟子としてエヴァンジェリンの“全力の本気”を見てみたい、という想い。
 これはある意味、向上意欲と括っていいかもしれないが。

「明日菜さんは……」
「私も大丈夫なの?」
「まぁ、何とか。この人数は初めてですが、何とかなるでしょう」
「何か怖いけど……興味はあるしね」

 結局明日菜も輪に混じり、高音の魔法が開始された。
 流石に4人が輪になり手を取り目を瞑っている光景というのは目立つので、選手席から避難してからとなったが。

 やがて、夢見の魔法により二人の戦場となっている幻想空間への侵入を果たした四人は、その光景に息を飲む。

 瓦礫が山と築かれていた。
 剣が墓標のように連なっていた。
 夥しい血が、模様のように痕を残していた。
 そして、誰のものか、一目で判別がつく肉片。
 右足、左腕、右手首、下半身、何処とも知れぬ内臓。

 遠目ではあったが、刹那だけはその肉片に気づいていた。もっと近づけば、他の三人も気づく事になるだろう。
 元はエヴァンジェリンの別荘であったそこは、あまりにイメージの違う地獄と化している。
 まるで世界さえも紅く染まっているかのように。
 夕暮れでもなく朝焼けでもなく、血にそまった赤い空。
 半ば以上に崩れてしまった塔の果て、そこに二人の姿を見つけた頃には、誰一人として表情を保っていなかった。





◇ ◆ ◇ ◆





 剣戟が鳴り響く。
 高音たちがこの幻想空間に侵入を果たす前、早々に切られた戦端は瞬く間に士郎を劣勢に追い込んだ。

「どうしたっ! 貴様の力はその程度か!」
「言ってくれる……!」

 スピードは、若干エヴァンジェリンが上回っているものの、士郎も対応できていた。
 現在士郎が使っているのは干将・莫耶。
 双剣を、武器を手にした時の衛宮士郎の速さは、無手とは比べ物にならない。
 だがそれでも、縦横無尽に駆け回るエヴァンジェリンに対し、飛べない士郎は防戦に回る他ない。

 カウンターのみの選択肢。しかも、敵も同じく長距離の攻撃手段を持つ以上、その防御も考慮に入れなければならない。
 アイアスは確かに優秀な盾であり、投擲・放出系であるエヴァンジェリンのその他魔法には無類の強さを誇る。
 が、士郎はそれを見せる事を良しとしなかった。
 その性能を見せる事を嫌い、既にエヴァンジェリンには知られている技能のみで戦う。
 弓さえ見せず、黒鍵の使用も無理やり鉄甲作用を模倣して使用する徹底ぶりだ。

 それを考慮すれば、士郎の戦いは十分に及第点、いや満点を付けてもいいものだろう。
 最強種たるエヴァンジェリンが出し惜しみせず雪崩のように魔法を使う、遠近織り交ぜた攻防を、時には発動を阻止し、時には無効化して、接近戦では一手損じれば肉片と化すような綱渡りを演じる。
 正直に言えば、その徹底ぶり、度胸と戦闘技術にはエヴァンジェリンも舌を巻いていた。

 600年、確かに彼女はその長い時を生き、生きるための技を蓄え続けていた。
 だが、その技術の集合とはまた違った方向性で、士郎はスキルの塊だ。
 600年という時間は確かに長いものではあるが、その全てを修羅と過ごしたわけではない。
 平穏を過ごす事もあったし、惰性に生きる事もあった。
 貪欲に、生きるために技を欲したのは最初の百年が精々だろう。

 その上でエヴァンジェリンは唸らざるを得ない。
 百年が精々とは言え、生きる為に何でもやっていたのだ。その自負があり、だからこそ今がある。
 努力はあったし、並の魔法使いの修行など児戯にも等しい苛烈さで鍛えていた。
 不死であるからこそ可能な修練だ。人の身で、生ある身で届く領域ではない。

 だと言うのに、衛宮士郎という“若造”の密度は、あの頃のエヴァンジェリンをも凌駕している。
 30年も生きていないだろう、エヴァンジェリンからしてみれば子供にも思える男が。
 今こうして、600年という時間を過ごしたエヴァンジェリンと戦えている事実。
 優勢劣勢など関係ない。
 魔法使いですらない身で、ここまで至れるのだと。
 その可能性に、エヴァンジェリンは身震いさえしていたのだ。

 やはり、危険だと。この男の技術は、精神は、肉体は、既に人間という枠組みから逸脱している。
 今ここで消しておかねば、必ず将来恐るべき障害となる。
 その、怪物としか言い様がない可能性に興味はあれど、エヴァンジェリンにとっては危険性が勝った。

 故に。

「ここで死ね、衛宮士郎」

 ここまでの数十合、良く耐えていた莫耶はしかし。
 三連の断罪の剣により、遂に幻想を砕かれた。

「くぁあっ」

 士郎の左腕が跳ね飛ぶ。まるでゴム鞠のように飛び跳ね、視界からも消えた。
 即座に士郎は離脱する。左腕を追う事もなく、ひたすらに距離を取る。
 そして同時、士郎が居た後ろの空間が爆塵に吹き飛ぶ。
 山さえ抉りそうな一撃だ。退避していなければ、左腕と言わず体ごと吹き飛んでいただろう。

「っ、はぁ。容赦がないな、エヴァンジェリン」
「本気だと言っただろう。今日この場で貴様を消し、後顧の憂いを断つ」
「それはネギの為……かな?」
「馬鹿を言うな。勿論私自身の為だ。真祖を殺せる男を、警戒しないわけがなかろう」

 黒鍵は、数さえ揃えばエヴァンジェリンを殺すに足る。
 それは逆に、封印が解かれ力を取り戻した彼女にこそ顕著な効果を示すのだ。

 その黒鍵もよく見ればエヴァンジェリンの足元には無数に落ちている。
 何度も投擲され、弾き返された結果だ。
 この十数分の間に士郎が投影した黒鍵や双剣など各種武装は、既に士郎の魔力の限界を超えている。
 矢継ぎ早に供給して、ようやく対抗できる程度なのだ。

 だが、だからこそこうして落ち着いてみれば、気づく事はある。
 ここでは、魔力の底がない。いや、自分が限界を意識しない限り、その枠がない。
 肉体に依存する事で感じる諸要素は確かに感じられるが、十全な状態では感じ得ないものは意識しない。
 意識しないから存在しない、つまりここは精神が支配する世界であると言う事。
 
 ならばイメージだ。想像すべき最強の自分。
 健全かつ十全で、思い描いた通りに動く肉体と、今手元にはない護符が、そこには存在するのだと信じこむ。
 なに、それはいつも士郎がやっている事と変わらない。
 最上級の宝具を投影する時は勿論の事、士郎は一歩踏み出す瞬間でさえ意識している。
 己の最強を。生きている、それだけで修行になるような、苛烈な生存。
 だから、変わらない。
 士郎がする事は、いつものように空気を吸い込み、そして吐き出すだけだ。

「馬鹿な、とでも驚けばいいのかな、これは……」

 エヴァンジェリンも目を見張る。
 斬り落とされた左腕があった場所に、肩口から剣が生える。
 ニョキニョキと。ギリギリと。ギィギィと。
 幾つもの細く、小さい剣たちが、まるでその一本一本が筋繊維であるかのように折り重なる。
 それは一瞬ではあったけれど、確かにエヴァンジェリンはその様を認識していた。
 やがて肩口から生えた剣を覆うように皮膚が再生され、また肘から先が同じように再生される。

 人ではあるまい。少なくとも、人間種として認識する事は、もうエヴァンジェリンにはできなかった。
 吸血鬼ではないことぐらいは分かる。
 まるで機械仕掛けの人形のようだ。茶々丸のようなロボットではなく、歯車で動く絡繰人形のような。
 そんな異質。生きているのかも判別が付かないナニカだ。

「これだから、貴様は危険なのだ。とうに人間を辞めているとはな」
「恐らくは、君の考えは真実から遠いぞ。
 確かに私は人間を辞めているが、しかしそれは今の光景と然程関わりがない。
 これは私が生まれながらに持っていた起源であり、飼いならす事が難しい獣だ」

 ここが実の肉体のない、精神世界だったからこそ可能だったのかもしれない。
 士郎は、未だ自身の固有結界、無限の剣製を完全に制御できていなかった。
 使えば必ず暴走する。
 ある意味で、今の現象はその暴走を意図的に起こし、制御しているようにも見えるが、実際は違う。
 単純に、衛宮士郎にとって再生のイメージがアレだったというだけ。
 治癒ではなく、再生であるのなら。衛宮士郎の在り方では、あんな方法しか浮かばない。

「……フン。何にせよ、普通はこれ程容易く再生など叶わん。精々“死んだ”時に復活する程度だ。
 なのに貴様は想像だけで己の肉体を再生してみせた……どんな秘密があるのだろうな?」
「それを私が語ると思うのかね?」
「いいや、聞いてみただけさ。これから消す相手の事だ。
 永遠に失われるのなら、せめて自身の記憶には留めて置きたいものよ」
「勝手な言い草だ。それより、矢張りここで死ぬと現実でも死ぬのかね?」
「いや、そんな事はない。どうせ死んだ所で貴様は先と同じように復活するだろう。
 ただ、生きる事を諦めた場合は、現実の肉体も抜け殻になる。
 人の精神は死に続ける事に慣れる事など出来ない。慣れる前に破綻する。
 壊れ、失い、薄れ、崩れていくだけの存在になる」

 ならばそれは死と変わらない。
 精神というのは、肉体と違って存外強いのだ。
 だからこそ、それが破壊し尽くされた時、もう戻る事はできない。再生される事はない。復活する事はない。
 戻ろうとする意思が砕けてしまっているからだ。
 もしも奇跡が起きるなら、外部からの介入、別の誰かの意思以外には有り得ないものだ。

 ジグソーパズルのピースを一つずつ拾い集めていくように。
 粉々に砕かれた精神は、奇跡と呼べる努力と、その存在に対する想いが必要だ。

 だから壊せば終わる。例え誰かの意思で蘇ったとしても、それは完全ではない。
 一度壊れ、失い、薄れ、崩れたものは。
 決して、同じ状態には戻れない。

 ならばそれは死と変わらないのだ。
 一度壊してしまえば、復活させない方法など幾らでもある。
 封印された、力のエヴァンジェリンでさえ幾通りも思いつくほどに。
 人形にでもしてしまえばいいのだ。その肉体を、保存し、記念に飾ってみるのも悪くない。
 それだけで、誰の介入も許さぬように封印してしまえば、衛宮士郎という精神は永久に失われる。

 まぁ、尤も。

「それを聞いて安心したよ」
「ほう? 何故だ」
「なに、“死に続ける”というのは、我々魔術師にとっては生き続ける事と等価だ。
 魔術師ならばそこに際限はない。もう、タカミチでさえそうであるようにな」
「成程異質な存在だ。貴様は全く以てイレギュラーだよ。その力も、在り方も、何から何まで歪過ぎる。
 全く困ったものだ。今更に、貴様を殺すのが惜しいと感じる」
「ならどうだ、この場は君が折れるというのは?」
「クク、馬鹿を言うな。そんな顔をして何をほざく」

 不敵。尤もそれは、お互い様ではあったけれど。
 エヴァンジェリンはその問答だけで、当初予定していた復讐が達成し得ない事を確信していた。
 衛宮士郎を壊す事は出来ず、精々何度か殺す事ができる程度だろう。
 そして、何度殺して、何度殺されても、士郎が壊れる事はない。
 磨り減り、摩耗していく事はあれど、根本的にその本質だけは変えようがない。

 だがだからと言って、エヴァンジェリンはこの殺し合いをやめるつもりもなかった。
 だって、あまりに勿体無い。
 娯楽がどうとか、ギリギリの戦いを楽しむとか、もはやそういう次元の話でもなかった。
 衛宮士郎は、真祖の吸血鬼、『闇の福音』『不死の魔法使い』『禍音の使徒』『童姿の闇の魔王』とも恐れられるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと並び立つ者。並び立てる者。
 そう認め、敵味方問わず同格だと納得できたならば、こんな中途半端な決着など許せなかった。

 サウザンドマスターが、エヴァンジェリンにとって共に並び歩きたい相手ならば。
 衛宮士郎とは、エヴァンジェリンにとっていつまでも競い合っていたい相手だと。

 決して味方になる事はない。
 その生まれも、生き方も、在り方も、理想も思想も何もかもが違うのに、根っこのところは同じ。
 そして、似ているが故に相容れない。
 もう行き着く先まで辿り着いてしまった二人だから。
 その選択の先を、お互いに納得できないし、するつもりもない。

 敵は敵として、馴れ合わずとも絆はあるだろう。
 こんな不思議なカタチが、結局二人には似合っている。
 血みどろの殺し合いを続けて、それでも明日には皮肉げな挨拶を交わしているような。
 そんな、誰にも理解されない距離感が。
 自分たちには相応しいのだと、そんな一方的な悟りの後に、エヴァンジェリンは宣言する。

「さぁ、戦おうではないか! 己の敗北を、相手の勝利を認める事ができるまで、な!」
「やれやれ仕方がないな。柄にもなく、私の血も滾っているようだ!」

 士郎が破壊された双剣を投影し直す。
 同時、士郎は更に距離を取る。視線は逸らさず、睨みながらも笑っている、そんな表情のまま。
 その間合いを許し、エヴァンジェリンもまた断罪の剣を無詠唱で用意する。
 三連でも腕一本しか取れぬのなら、更に倍。
 両手を使って計で六。扇のように広げ、翼のように構える。

「ああ、それと。足元には気をつけ給え」

 そんな、独り言のような呟きは、エヴァンジェリンの聴覚でなければ聞き取る事は出来なかっただろう。
 それだけ離れていたし、今も離れ続けている。

 それでも律儀に足元を確認するのは、士郎を信頼しての事では全くなく、どんな仕掛けが施してあるのか楽しみだったからだ。
 ワクワクという擬音が聞こえてきそうな程に、楽しそうな笑みでエヴァンジェリンは罠を確認する。

 けれど、そこにあったのは数本の黒鍵だけ。
 確かに危険と言えば危険な代物ではあるが、罠となる程のものではない。
 が、その一瞬の視線の隙をついて、士郎は両手の双剣を投擲していた。

「随分セコイ手を使うじゃないか!」
「何、弱者はいつでも精一杯でね。罠でもなければ戦えん」

 と言いながらも、これで終わるわけがないという意味では、エヴァンジェリンも士郎を信頼している。
 大方、目に見える二刀だけではなく、後ろからも迫っているのだろうと索敵したその時。

 カッと閃光が視界を染める。
 轟音。明らかに魔法とは違う爆発が、地面からエヴァンジェリンを吹き飛ばす。

「何とも頭が回る……!」

 一度下方を意識させておきながら、再び上に意識を向ける事で下方からの攻撃を不意打ちに変える。
 しかも爆発の中、当然のように双剣は飛来しているのだ。
 ご丁寧に爆発で吹き飛ばされた場所にピンポイントで向かってくるのだから、いっそ感動すら覚える。

 だが、この程度でエヴァンジェリンがどうにか成るはずもない。

「ええい煩わしいっ」

 断罪の剣による衝撃波で、爆風ごと吹き飛ばす。
 だが、それさえ読んでいたように、鉄甲作用により飛来する黒鍵がエヴァンジェリンを吹き飛ばした。

「カハッ……ッ」

 ゆっくりと黒鍵を引き抜きながら、エヴァンジェリンは士郎の姿を探した。
 この攻撃が、どこから来ているのか。
 それを見定めねば、次の手どころではない。

 しかし、士郎がそんな隙を与えるわけもなく。
 あらかじめ罠でも仕掛けてあったのか、多方向から黒鍵はエヴァンジェリンを狙う。
 右腕、脇腹、左肩、両足を縫い止められ、流石のエヴァンジェリンも苦痛に悶える。

 灼熱の業火、火系上位呪文よりも熱く感じるそれを、しかしコウモリへと分化する事でリセットする。
 だが当然、再び実体化すれば見えるのは瓦礫の山だけ。
 調子に乗って破壊し過ぎた別荘が、今はエヴァンジェリンの仇となる。

「炙り出すか」

 飛び上がり、右手を天に掲げて詠唱を開始する。
 今度こそは油断なく、姿を表せば即座に迎撃できるよう、左手の断罪の剣は残したままだ。

「契約に従い我に従え氷の女王。
 来れ、とこしえのやみ。えいえんのひょうが。
 全ての命ある者に等しき死を。其は安らぎ也。
 “おわるせかい”!」

 完全凍結、粉砕呪文。150フィート四方の範囲全てを粉砕する、スクナでさえ倒した呪文。
 そんなものを碌な魔法障壁もない士郎が受ければ死は確実だ。
 詠唱阻止に士郎が動かない事に疑問を抱きながらも、その極大魔法を放つ。

 そしてその瞬間、天からの裁きのように発動した魔法の効果範囲外。
 “エヴァンジェリンの後ろ”から、士郎が姿を現した。
 転移魔法符を使っての転移から、即座にエヴァンジェリンの両腕を斬り落とさんと双剣を振り下ろす。

「甘いわ!」

 だが、まだ断罪の剣は待機したまま残っていた。
 詠唱破棄が叶わないなら、それは当然の選択肢。エヴァンジェリンは勿論読んでいた。
 ただ、それでもその迎撃よりも尚速く斬り捨てるつもりだったのだろう士郎は、予想外のエヴァンジェリンの速さに鍔迫り合いへと持ち込まれてしまう。

「うおおおぉぉぉっ」

 咆哮。虚空瞬動を応用して、パワー不足を落下のエネルギーで補う。
 だが、舞台上で士郎が示したように、圧倒的なパワーの前に、その程度の小細工は何ら意味を成さない。

「エクスキューショナー・ソード!」

 完全な力押し。新たに余剰魔力を注ぎ込まれたそれは、士郎を十回殺して余りある。
 干将・莫耶では届かない。これを迎え撃とうというのなら、Aランク宝具が必要だ。

 ならばどうするのか。
 足りないパワーを補えるとしたら。大人しく消し飛ばされるつもりもないのなら、衛宮士郎らしい戦い方で対するまでだ。

 フッと士郎は笑う。いや、それは歪んだ口の端から空気が漏れるような、笑みとも呼べぬものではあったが。
 その笑みに、エヴァンジェリンは身の毛がよだつ程の覚悟、狂気を感じた。

「壊れた幻想」

 静かに告げられたワードは、轟音を巻き起こす。いや、一瞬二人の世界から音が消えた。
 両腕どころか、おそらくは半身を犠牲にしての強制キャンセル。
 エヴァンジェリンの両腕とて、魔法障壁の内側で起こった爆発故に当然吹き飛んでいる。
 飛行の制御さえ覚束ず、二人揃って落下していった。

「くっ」

 着地というより墜落だ。
 エヴァンジェリンが地面に直撃する寸前、浮遊の術をかける事に成功する。
 そして士郎は、そのエヴァンジェリンの身体を足場にする事で、攻撃と防御を兼ねた。
 二人のダメージは大きい。お互い、吸血鬼としての不死性・再生能力とイメージによる肉体再帰があったとしても即座に回復できるものではない。

「ククククッ、やはり貴様は面白いな。躊躇なく腕を捨てるか」
「君こそ流石に魔王と呼ばれるだけはある。奇策もそろそろ種切れだ」

 自力ではエヴァンジェリンが上。
 力の差を埋めるには、リスクを背負い奇策を打つ必要がある。
 しかし、奇策なんてものは一度限りの鬼札。二度とは使えず、勝利の可能性を作るだけで勝率が上がるわけではない。

「それより貴様、女を踏み台にするなどどういう了見だ?」
「魔王様には若輩に肩を貸す度量もないのかね? 残念だ」
「ああ言えばこう言う。どうすればこんな性格になれるやら」
「やれやれ、600年生きようと童は童か。まるで子供の駄々だな」
「貴様の方こそ、大の大人のナリで情けない。もう少し気が効いた台詞は浮かばんのか?」
「全く……君を楽しませて何になるというのだ」

 舌戦……というよりは、子供の喧嘩か。
 お互いに半ば失った肉体を再生しながらの会話であり、その様はなんともシュールだ。
 一般的な魔法生徒程度では、こんなモノを見たら一生モノのトラウマになる。
 少なくても、一週間は肉を食べれないだろう。
 タカミチでさえも眉を顰めそうな光景だ。ある意味、本人たちが苦しむ素振りを見せないのが唯一の救いでもある。
 尤も、本人たちとてやせ我慢しているだけで見た目通りの痛みを感じている。
 お互い相手がいなければそれなりに痛がっていただろうが、ここまでくればやせ我慢もあっ晴れだろう。

 再生が終われば、再び戦いは始まる。
 一応、互いの再生が終わるまでは待つ程度の良識はあった。
 この反則を許しては、待つのは戦いでも戦争でもなく一方的な虐殺だけになる。
 基本的に再生スピードは士郎の方が遅いから、エヴァンジェリンがその気ならば確かに士郎の精神を殺す事もまた不可能とは言えなかっただろう。

 何度も何度も何度も何度も何度も。
 エヴァンジェリンが飽きる程に殺し尽くせば。
 それでも士郎の精神は戦う事を止めないだろうし、ただ殺される男でもないが、少なくとも現実における勝敗ぐらいは覆せただろう。
 その選択を、良識でも人道でも道徳でもなく、気分で決めている辺りが極めて危うい。

 が、戦いまで手を抜くわけではない。
 むしろ、そこからの戦いはより苛烈さを増したと言えるだろう。
 互いに殺し殺され、数多の肉片血飛沫が瓦礫を汚していく。
 自分たちの身体だけで山が築けそうな程に、それは常軌を逸していた。

 最早精神力では説明が付くまい。
 痛覚がないとしか思えない程に、二人は捨て身を前提に戦いだす。
 斬られるのを覚悟して、代わりに相手の腕も落とす。
 吹き飛ばされるのを覚悟して、代わりに相手の腹に風穴を空ける。
 そんな繰り返し。無間地獄があるならば、正にこんなモノを差すのだろう。
 尤も、その片割れはこの状況さえも楽しんでしまっているのだが。

「む?」
「どうした」

 そしてまた、互いに致死の攻撃を受け、再生している中でエヴァンジェリンが彼女らに気づいた。

「いや、どうやら観客が入ってきたようだ」
「観客だと?」

 士郎の千里眼が、高音たちを捉える。
 だが、まだ距離があった。彼女らは士郎たちの現状は認識しておらず、惨状の爪痕に慄いているだけだ。

 それも当然だろう。
 数多の肉片、数多の血痕、半分以上崩れている別荘に、それさえも氷に包まれている。
 まさしく戦場。二人だけの戦争で、二人だけの死体が山を作る。
 数多の屍の上に、再生が終わった両者が再び睨み合った。

「提案がある、衛宮士郎」
「……聞こう」

 エヴァンジェリンの視線が、観客たちに向いた。
 それも一瞬の事で、士郎へと向いた視線に迷いは一切見られない。
 むしろ嬉々とした、幸運に喜んでいるかのようでもある。

「あの馬鹿どもに、今までのような戦いを見せるわけにもいくまい。ここは互いに、その秘奥を曝け出し次で決着をつけようではないか」
「………………」

 士郎にあまり旨みのある提案ではない。
 エヴァンジェリンの秘奥と言えば、それなりに有名だからだ。
 闇の魔法。魂をすり減らし行使する禁忌の術。

 対して士郎の秘奥、無限の剣製ならば即座にこの空間からの離脱さえ可能だろう。
 ことこの空間での戦いにおいて、出せば即勝ちなのだ。
 しかも、無限の剣製について知っているのはタカミチとアルビレオだけ。
 その二人にした所で伝聞情報、実際の効果が如何ほどであるかは理解していないし、何より他言無用の契約を交わしている。

 メリットはない。
 いや、あるとすれば勝手に侵入してきた観客たちの心を守るため、というところか。
 士郎がもう一度観客たちを見やる。
 高音や刹那はいいだろう。覚悟はともかく、望んで観戦に来たというのなら文句もなかろう。
 あったとしても聞いてなどやらない。嫌なら目を瞑り耳を塞げばいいのだから。

 だが、明日菜とネギに関しては多少思う所はある。
 特に明日菜は、ただでさえ不安定な状態だ。これ以上の強すぎる刺激は、最悪の事態をも引き起こしかねない。
 ネギにしても、まだ十歳の子供が見るには耐えぬ光景である事は確かだ。
 ならば結局。士郎に選択肢などなかった。

「分かった。その提案を飲もう、闇の福音。その秘奥、闇の魔法を見させてもらおうか」
「クク、予習は出来ているようだな。よかろう、ただの魔法とは異なる力を見せてやる」

 問題は、だ。
 ならば士郎は、如何なる技をもって対抗するのか。これに尽きる。
 無限の剣製は却下だ。あまりにリスクが大きすぎるし、闇の魔法に対するには向かない。
 ならば、残された選択肢は宝具の投影以外に有り得ないだろう。
 壊れた幻想も見せてしまっている以上、他に手はない。

 まぁ。律儀に技能を見せる必要は、確かにないだろう。
 その選択はある意味衛宮士郎らしくないし、エヴァンジェリンも士郎が技を使わず敗ける事で決着をつける可能性は考慮していた。
 だが、ここは幻想空間、精神が支配する領域。
 肉体的な限界は存在せず、死すら打ち破る事が可能な世界だ。

 ならば、出来るのではないかと。
 そう、夢想してしまう。未だ現実では遥か遠く、その道程さえ見えぬかの聖剣。
 複製が可能かもしれない。
 発動が可能かもしれない。

 彼女を。あの幻のような夜の輝きを、この手で再現できるかもしれない。

 それは、何と甘美な誘惑か。
 記憶が薄れ、アルトリアの顔も声も、彼女と過ごした穏やかな日常の欠片さえ、もう思い出せない。
 けれど残るモノは確かにある。
 この胸に、身体に染み付いている残滓は、確かに。

 だからこそ士郎は願うのだ。
 生身では、それこそ命、記憶、心の全てを代償にせねば無しえぬ奇跡でも。
 ここでなら。或いはその投影も、可能かもしれない。
 ならばリスクなど考えるまでもなかった。

「ならば私は聖剣の輝きをその目に焼き付けよう。
 かつて、そしていつか蘇る騎士王。その愛剣、エクスカリバーの輝きを!」

 向かい合う両者は、ここに至って反応を示さない。
 互いに己の中に埋没し、その秘奥を手繰り寄せる。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック!」
「I am the bone of my sword」

 始動キーは高らかに。
 対する士郎の詠唱は、どこか重苦しい。

「契約に従い我に従え氷の女王。
 来れ、とこしえのやみ。えいえんのひょうが。
 全ての命ある者に等しき死を。其は安らぎ也。
 “おわるせかい”――――術式、固定」

 詠唱が完了する。荒れ狂う暴風のような魔力は、一点に向って収束していった。
 まるでブラックホールのように凝縮された魔法は、はち切れんばかりに蠢動している。
 そしてソレを、エヴァンジェリンは“掴んだ”。

「掌握。魔力充填――完了。“術式兵装・クリュスタレ”」

 掴んだ魔力がエヴァンジェリンに浸透していく。
 深く、速く、まるで侵食するかのように、魔法はエヴァンジェリンを変質させる。
 それはまるで神秘だ。
 魔法という神秘を取り込み、さながら己が肉体を英霊にまで高めるような。
 魂をすり減らし、代わりに膨大な力を得るというのも納得できる。
 つまりこれは魔術の領域であり、魔法が至れる一つの極み。
 等価交換という大原則に従い、リスクで威力を倍増させた、不死だからこそ取り得る戦闘思想だ。
 しかもその、最上位呪文。その威力、精神さえも問答無用に殺しかねない圧力は、推して知るべしだ。

 そして、対する士郎の両手は淡い光を湛えている。
 光はやがて輪郭を成し、一振りの剣のカタチに収束しようとしていた。

 創造の理念を鑑定し、
 基本となる骨子を想定し、
 構成された材質を複製し、
 製作に及ぶ技術を模倣し、
 成長に至る経験に共感し、
 蓄積された年月を再現する。

 だが、それだけでは足りない。圧倒的に、聖剣が持つ情報量は衛宮士郎の許容量を超えている。
 ならば。未だ届かぬ理想ならば、その道程を補完しよう。
 イメージするのは聖剣そのものではない。

 セイバー、アルトリアと呼ばれた一人の少女。
 彼女と出会った運命を。
 その夜告げられた言葉を。
 あの時、衛宮士郎の魂に刻まれたものを。
 共に戦った記憶も、共に過ごした感覚も、共に互いを願った別れも。

 この身に宿る全てをイメージする。
 彼女が持つに相応しいものを。
 本物からかけ離れてもいい、ただ彼女が納得し、気に入ってくれるような剣を。
 ただそれだけを願って、ここに幻想を結ぶ。

 “シロウ――――貴方を……”

 ふと、懐かしい声が士郎の中に響いた。
 ああ、彼女はあの黄金の別離にて、何と言っていたのか。
 そう、確か自分は。衛宮士郎は、ずっとあの時の事を悔いていた。
 ただ一言、大切な言葉を返せなかった事を。
 その別れの瞬間すら、満足に覚えていない自分自身を。ずっと、悔いていた。

 そんな後悔さえも、聖剣の輝きは吹き飛ばしていく。
 気がつけばずしりと重い感触。
 衛宮士郎には、未だ遥か遠い、星が鍛えし聖なる輝き。
 届かないユメの象徴。彼女に誓った、己の――――……。


 回想に耽る暇などなかった。
 エヴァンジェリンは世界さえ切り裂く勢いで、その身に纏った氷を撒き散らしながら突撃してくる。

 その剣は、やはり衛宮士郎の未熟が透けて見えた。
 創造理念も、基本骨子も、製作技術も、何もかもが甘い。
 けれど、それでも。
 その聖剣は、その輝きは。
 エクスカリバーと呼ばれるに足る、アルトリアの生き方を表している。

「約束された<エクス>――

 騎士王の生き方は重く、故に士郎では振り下ろせない。
 最早敵の、エヴァンジェリンの姿など眼中になかった。
 最大の敵は己自身。どこまでも纏わり付く衛宮士郎の宿業。

 ああ、いつかの背中が言っている。
 そんなものか、と。
 お前の理想は。既に破れてしまったものだとしても、かつて目指したそのユメは。
 ああ、そうさ。
 彼女のユメも、俺の理想も――そんなものじゃ、ないのだから!

 ――勝利の剣<カリバー>!」


 振り下ろした。
 ただ、それだけ。

 長年気づかぬ内に巣食っていた想いも、既に破れたユメへの願いも、今は関係ない。
 ただ、振り下ろせたという事。
 セイバーを、アルトリアを象った聖剣を、衛宮士郎は使う事ができた。
 ただ、それだけ。

 去来する想いを語る言葉はない。
 ただ今は、当然のように約束された、その勝利に酔う。


 精神世界、幻想空間。
 そんな、特殊な条件の中ではあるけれど。
 確かに士郎は聖剣の輝きを以て、この世界を白に染め上げた。



 やがて。突然動き出し、湧き出す歓声の中で、膝をついたエヴァンジェリンに告げる。

「俺の、勝ちだ」
「……ああ、私の敗北だ」

 勝者に笑みはない。
 けれどなぜか、敗者は満足そうに微笑んで。

 その戦いに、幕を下ろした。




















高音「勿論、私は彼の一番弟子として、ですが」
刹那「前言を撤回します。時期を考えれば私こそあの人の一番弟子だ!」
愛衣「あ、あの、それなら私も一緒に弟子になりましたし、その」
タカミチ「ハッハッハ。ダメだよ皆。そもそも士郎の正式な弟子は僕だけなんだから。当然僕が一番さ」

桜「残念でした! 先輩の一番弟子はこの私、間桐桜です!」

(拍手)
 




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あとがき

難産でした。かなりこの一話にエネルギーを使った気がします。
20時間ぐらい費やしちゃったかなぁ。
色々と自分でも納得出来ていない部分はありますが、とりあえず更新です。
あと、ルビタグ使うと私のブラウザバグるんだよね。
エクスカリバーのトコぐらいはルビ入れたかったんだけど。
原因よくわかってないから、いつか分かったら修正します。

それと、今週何か燃え尽きちゃったトコがあるのでもしかしたら来週無理かも。
何か色々補充しないと。課題もあるし、キリがいいところまで書けたので次はしばしお待ちください。

2010.07.17 | URL | 夢前 #qiIB0A1Q [ 編集 ]

この回は、なんというか、その・・・

かつてないぐらいに燃えた気がする

2010.07.17 | URL | ironfireroll #- [ 編集 ]

今までの戦いは何だったんだと言いたくなるくらいの死闘!
すげえよ、夢前さんパねえよ
そして肉体再生させながら口喧嘩する二人想像してなんか和んだw

2010.07.17 | URL | ぺこぽん #- [ 編集 ]

すごい・・鳥肌たった・・

2010.07.18 | URL | シグ #- [ 編集 ]

Re:

・ironfirerollさん
うおう、今回はないわーとか言われるのも覚悟していただけに最初の一行にビビリながら見てみたけど何か褒められてるみたいだな!
ありがとうございます。多分これが私が今書ける熱血展開のベストです。

・ぺこぽんさん
感想ありがとうございます。口喧嘩は、まぁ何だかんだで仲いいんだよね、この二人。
なんかこう、数十年後にあの頃は無茶したなぁとか笑い話になってるような。
タカミチが望んで、けれど届かなかった関係、なのかもしれないね。

・シグさん
ありがとうございます。何か励みになりますよ。

2010.07.18 | URL | 夢前 #qiIB0A1Q [ 編集 ]

エミヤがエクスカリバーを投影すること。
個人的な意見ですが、それはセイバーへの想いが彼に諦観を忘れさせ、シロウに還らせる瞬間でもあると思います。
きっと普段の険がとれた、ひたむきな表情を浮かべているはず。ああ燃える。

2010.07.18 | URL | m.k #e3uZP7sc [ 編集 ]

Re: m.kさん

そうそう。だからこその“俺”なんです。
険がとれたと言うよりは、前を向いてるって感じかな。
次の瞬間にはまた薄れていってしまう想いで、記憶かもしれないけれど、それでも残るモノはある。
そして次の対戦相手は士郎が僅かにセイバーと重ねている生真面目な少女剣士で……という展開をずっと前から考えてました。

2010.07.18 | URL | 夢前 #qiIB0A1Q [ 編集 ]

いつも見させてもらってましたが、今回は特に面白かったです。
精神世界だから、聖剣が使えたところは感動しました。
この光を見て、乱入した4人は何を思ったんでしょうか。
・・・個人的に高音の「一つを極める」ってエミヤのまんまですね。

2010.07.18 | URL | かえる #JalddpaA [ 編集 ]

Re: かえるさん

乱入した4人の感想はまた次回に。
あと、士郎は確かに究極の一を持っていましたが、UBWとHF以外のルートを通った士郎は自分の固有結界なんて知らないので。
そこに気づくまで、極められるモノがない状態だったわけですよ。
で、結果的に武芸百般には至らない中途半端な多芸を身につけたんです。
そう考えると、その修練法って愛衣に近いんですよね。勿論、高音の在り方もまたエミヤに近いところはありますが。
この違いは二人がそれぞれ士郎に何を見ているのかを表していたり。
だから結局、この二人はどこまで行っても二人で一人前だったりするわけです。
本来パートナーってそういうものだし、士郎はその在り方こそ正常だとも思っているのですが。

2010.07.18 | URL | 夢前 #qiIB0A1Q [ 編集 ]

>桜「残念でした! 先輩の一番弟子はこの私、間桐桜です!」
↑の掛け合い、ものすごくほほえましくて、ワロタw

2010.07.18 | URL | たれ #1olHiW.o [ 編集 ]

Re: たれさん

その部分は本編書く前に書いてたトコだけど、あの死闘の後じゃ絶対書けなかっただろうなー。

2010.07.18 | URL | 夢前 #qiIB0A1Q [ 編集 ]

うをおおぉぉぉおおっっ!!
ヤバイくらいに燃えた!!そして士郎のアルトリアへの想いに泣けた!!
そして拍手コメでワロタwww

2010.07.19 | URL | 夜の荒鷲 #U6M1AWu2 [ 編集 ]

Re: 夜の荒鷲さん

ははは、叫ぶぐらいに楽しんで貰えて幸いです。
グレンラガンとかアニメ版Fate最終話だとかでテンション上げつつ書いた甲斐がありました。

2010.07.19 | URL | 夢前 #qiIB0A1Q [ 編集 ]

和んだと同時に震えた…そしてわらえた!

2010.07.20 | URL | ロボット #- [ 編集 ]

Re: ロボットさん

感想どうもです。和んだのは拍手のアレだよね?

2010.07.21 | URL | 夢前 #qiIB0A1Q [ 編集 ]

初めまして!
非常に面白く、一気に読ませて頂きました。
他のクロス物もいくつか呼んでいるんですがエヴァと敵対ってのはあまり無く新鮮で良かったです!
続きも期待しているのでがんばってください!!

2010.08.11 | URL | にに丸 #3un.pJ2M [ 編集 ]

Re: にに丸

感想ありがとうございます。
確かに、ネギまクロスではやたらエヴァが人気だから敵対しないですよね。
個人的には、悪とか正義とか、どちらかの側につくよりは、中立中庸である方が衛宮士郎らしいと思うのですけれど。
続きは時間かかりそうですが、気長にお待ちくださいませ。

2010.08.11 | URL | 夢前黒人 #- [ 編集 ]

聖剣投影について

第4話で「アヴァロンの投影に成功した」とありますが、ランクがEXのアヴァロンが投影出来て、アヴァロンの投影後の「無茶の利子を気にする必要もなくなった」状態で尚A++のエクスカリバーが到底不可能なのは何故でしょう?
剣と鞘、という一対の物ですし、ランクの高い片割れが「神造兵装」以上のキャパシティ・情報量を持っていて然るべきではないでしょうか。

・・・いや、こんな熱い展開の後にこういう無粋な事を聞くのは、我ながらどうかと思いますが。どうしても納得のいく結論が出なくて・・・。

2010.10.24 | URL | 檻 #- [ 編集 ]

Re: 聖剣投影について

ううむ、この辺コメント欄でネタばらしするのはアレなんだけど……。過去に拍手SSでちょろっと明かしていたのですが、アヴァロンの投影には“助力”がありました。
正確にはそれは、投影というよりも授与に近いかもしれません。
衛宮士郎の力量、技術により達成されたものではなく、もっと果てしなく強大な存在のバックアップを受けていたおかげで成功したのです。
ただ、それをイリヤに邪魔されているので不完全な代物になってしまっているのですが。
ただまぁ、ウラ話をすると無茶をすれば聖剣投影は可能です。アヴァロン投影前でもね。代償はともかく。
ただ士郎がそれをある種理想化して、届かぬ高み、追いかける先と定義付けてしまった事から無理だと諦める……無理であるべきだ、という無意識に囚われているというのが真相。
エヴァ戦で投影出来たのは、自分を納得させる事ができる理由を見つけられたからです。
そして一度投影を成功した以上、その勘違いというか、特別扱いしていた現状を認識し、追いついてしまった事に寂しい気分になった……というシーンもあり得るわけで。
その辺りを描写しなかったのは、次の機会があるかもしれないから。まぁまだ迷ってる部分ではあるから、確約は出来ないんだけどね。

2010.10.24 | URL | 夢前 黒人 #qiIB0A1Q [ 編集 ]


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